グルムさんのコンサート始まる

10月15日、川崎市視覚障害者情報文化センターにて「日本とキルギス友好チャリティ-コンサート」を開催しました。グルムさんが滞在する10日間で行われる5つのコンサートの始めです。小雨の降る中、背中にリックを背を、キャリーバックでCDを運んで、「ふれあいプラザかわさき」に8時半には到着。会場設営等を11時までに行い、開場時間を待ちました。今回も、「シニアボランティア経験を活かす会」のメンバー7名が来てくれて、準備に協力してくれました。そして、いよいよ開演です。私が最初お話をし、会場を貸していただいた、センター長、杉山様に挨拶をいただき、そのあと簡単なキルギス紹介を行い、グルムさんのコンサートはスタートした。170人ほどの方が来てくれてたと思います。私が一番印象に残ったのは、「もしも私の目が見えたなら」の歌をグルムさんが点字の歌詞を読みながら見事に歌ってくれたことです。コンサート終了後、このCD、17枚売れました。皆様の協力により、無事終了しました。

グルムさん熱唱



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キルギス1日目、波乱の幕開け

到着、早々9時半からキルギス警察に出向くことになり行ったが、弁護士が来たのが11時近く。これがキルギスである。キルギス警察での話試合の内容はここでは書かない。本日、いろいろなことがあったが、キルギスではお金で何とでも訴訟は片付けられるということが分かってきた。と言うことはキルギス警察も彼らとグルになってキルゴス人有利の判決に持っていこうと動いている。そこにお金が絡んでいる。と言うことは、早く解決したいと思ったら、こちらには不利な条件も飲まなければキルギスでは解決しないということである。おかしな国である。しかしこの訴訟を開始したからには負ける訳にはいかない。弁護士を何人も変えて、それぞれの対応を見てきたが、疑っていては何も始まらない。まず信頼してその動きを見て、信頼できないときは、替えて新たな対応をしていかなければいけない。

信頼できる仲間
信頼できる仲間

「白い杖の留学生」キルギス編

本日、4月24日の卒後鍼灸手技研究会の当日配布の資料の準備で国際視覚障害者援護協会にて昼から仕事をした。そこで見つけたのが掲題の雑誌である。協会が助成金を得て作ったものであるが、とてもキルギスの視覚障害者事情が詳細に語られている。私も2年間、キルギスにて視覚障害者支援を行ってきたが、知らなかったこともいくつかあった。その中でも「医療大学」での2年生の視覚障害者のマッサージコースが全く点字のテキストもなく、もっぱら健常者の先生の声を録音して理解するだけという事実に驚いた。今、日本に来ているキルギスからの留学生が自国に戻った時に、日本で学んだ三療の技術を点字に直して、テキストを作り、視覚障害者の先生によって指導する体制を作ってほしいと願っている。

白い杖の留学生

キルギス独立22周年記念式典に参加

本日、ホテルオークラにて「キルギス独立22周年記念式典」が開催され参加してきました。JICAのシニアボランティアで帰国された方が来られるかと見ていましたがいませんでした。青年海外協力隊の方は数人来ていましたね。それでも懐かしい方が何人もおられました。元在キルギス日本大使の丸尾様、元JICA事務所長の丸山さんにご挨拶させていただきました。会場には元JICA理事長の緒方貞子様も来られて、議員の方も複数、顔を出されていました。在日本キルギス大使の挨拶のあと、乾杯があり食事タイム。国際視覚障害者協会のキルギス留学生、シリンさんも来られましたので、色々な方に挨拶をしました。そして三田りょうさんの 「風の旅人」 の歌を本人が歌い式典を盛り上げてくれました。このような式典に呼ばれることは名誉なことで、来年も招待されれば参加したいです。

キルギス独立22周年記念式典

ベギマイさんへ歩行器をプレゼント

待ちに待った、ペギマイさんへの歩行器、プレゼントの時が来た。協会工場でのルーペを配り終わったあと、日本センターに車で行き、アイーナさんと知人の車でビシュケクから35キロ離れたベギマイさんの家に向かった。車中、私はそのベギマイを知っている方にいろいろ質問をして、これから会うベギマイさんの情報を仕入れた。その中でベギマイさんが、イシククル湖のある保養所でこの歩行器に乗っている子供を見て自分も欲しいと言ったこと。今回、この歩行器が来るのを待っている。ということを聞き、期待は膨らんできた。ようやくゲギマイさんの家に着くと、外に車椅子に乗ったベギマイさんのお出まし。早速、歩行器を組み立てて彼女に使って貰った。心配していた肘の高さは、何とか使えるレベルであること。ベギマイさんが肘掛にい腕を載せて一生懸命、足を動かし歩行器を動かし前に進んでいることを確認した、。何よりもベギマイさんの笑顔を見れたことが嬉しかった。遠く東京から運んできた甲斐がありました。アイーナさん「有難う!」「ベギマイさん、しっかり歩いて大きくなってください!」

ベギマイさんと歩行器

Mさんの新曲レコーディングに立ち会って

一生に一度あるかどうかの体験をした。Mさんの新曲のレコーディングに立ち会うことの許可を得て、本日、テイチクの青山スタジオに向かった。私は国立競技場から道を間違え開始5分前にスタジオに到着しました。既に関係者がスタジオにスタンバイしておりました。作曲家のG先生、作詞家のS先生、キルギスー鹿児島友好協会の方々が見守る中、Mさんが録音現場に入り、歌が始まりました。Mさんの素晴らし歌声に乗せて、一番、二番と歌われ、レコーディングは終了。その後、それぞれの楽器のリハーサル、取り直しが行われていたように感じました。Mさんが歌われている時に、作曲家のG先生は曲に合わせて身体を動かして調子をとっておられました、作詞家のS先生はじっと聞き入っていました。私がこの新曲を聞いた感想は、とてもパンチの効いいた、感情のこもった壮大な歌声という感じでした。いよいよ佳境に入ってきました。

新曲のレコーディング
新曲レコーディング


キルギスでの視覚障害者支援のあり方

今回、バンバン合宿で、海外の視覚障害者の支援のあり方を教えられることがあった。相談にのってくれたのは同じ伴走サークルの全盲の男性、Mさんです。彼は自らコンピュータ関係の会社を立ち上げ、頑張られrている方で、彼の言葉は示唆に富んでいた。私が自分の夢は「キルギスで小規模授産施設を立ち上げること」そこで「視覚障害者にとっても便利な用具を展示、販売したい」と話すと、「そのために中心になってくれる現地の支援者を育てること、支援することが重要」と話された。そして、今、キルギスには「視覚障害者の自立支援センター」を作ろうと頑張っている若者がいることを話したら、そのメンバーの支援をすることが必要で、部外者の私がキルギスに行って、立ち上げても、私が居なくなったら終では意味がない。その国の視覚障害者自身がその活動の推進者であることが必要であると言われた。その通りだと思う。そんな視覚障害者、リーダがいるかとの問いに、即答できない自分がいるが、そんなことを夢見て頑張っている視覚障害者は何人かいる。私は日本で立ち上げた「キヤル基金」は言い方は悪いが、キルギスの視覚障害者の活動を資金面で支援する団体と言っても過言ではない。この団体の体制強化を図り、民間企業の助成金に応募し、その資金によって彼らを支援することが、これからの私の使命かもしれない。よく考えてみたい。

南日本新聞にキルギスの記事

6月1日の南日本新聞にキルギスの記事が載った。記事の内容は下記です。
キルギスの副首相初来鹿  観光など意見交換中央アジアにあるキルギス共和国のタリエワ・カミラ副首相が31日、鹿児島県庁を訪れた。県議会貿易振興議員連盟の議員らと懇談し、両国の経済や観光について意見交換した。同国副首相の来鹿は初めて。同連盟の酒匂卓郎会長は「両国の国際と経済の交流を全面的に支援したい」とあいさつ。カミラ副首相は鹿児島について、「観光にふさわしい土地だと感じた。キルギスの観光に生かしたい」と話した。昨年5月に発足したキルギス鹿児島友好協会は、8月31日のキルギス独立記念日に、現地へ赴き流鏑馬を披露する予定。同協会の水迫政治会長は「一人でも多くの人にキルギスを知ってもらいたい」と語った。
・・・・・・・・
実は最後の言葉を語っている方が鹿児島の大牧場主の水迫会長。お会いしたことはないが、「キルギスと日本の架け橋」を今、やっている方である。鹿児島がキルギスと深い関係を持ち、今後、文化交流が盛んになれば嬉しいです。

写真の向かって一番左はイバラットさんのおじさん、サマコフ議員
新聞記事

小冊子続編の各国事情その2

小冊子続編の「各国事情」の後半です。
イスラムの国キルギスの約7割の人はイスラム教徒である。しかし敬虔なイスラムではなく服装も自由。酒を飲み、肉も食べ「なんちゃってイスラム」と揶揄されている。それでもイスラムを感じるのは一日に何度も流れるイスラム礼拝堂からのコーランの祈りである。

移動式住居「ユルタ」 地方に行くと遊牧生活をしているキルギス人が住む「ユルタ」を良く見かける。中国の「パオ」モンゴルの「ゲル」と同じである。厳冬期には中はストーブで暖かく、夏は涼しい。ユルタの天窓は「キルギスの国旗」にデザインされている。

ユルタの住居
ユルタ

小冊子続編の各国事情その1

「シニアボランティア経験を活かす会」で小冊子の続編を作っていただいているが「各国事情」ということで新たに書かせていただいた。
キルギス市内の乗り物首都ビシュケクにはキルギスを横断する列車が1本、走っているが、市内の交通機関は運賃が安い順から、トロリーバス、バス(約15円)マルシュ(約20円)と称する小型乗合自動車があり、市民の足となっている。タクシーも多く走っているがメータがないと外国人は高く請求されるので要注意。

代表的な食べ物伝統的なキルギス料理では羊肉や馬肉を用いることが多く、様々な乳製品を多用する。マントゥ(羊肉入りうどん)、ペリメニ(羊肉入り餃子)シャシリク(羊肉の串刺し)飲み物では、クムス(馬乳酒)が有名。また「ショロ」と呼ばれる飲み物が暑くなると街角で売られるようになる。国民的飲み物と言われるように、キルギスの皆さん良く飲んでいる。大麦を発酵 させたもので、小さいコップで8ソム(16円ほど)くらいだ。

ショロを売るお店
ショロを売る売る店

キルギス写真展1日目

「どのくらい来るかな?」10時開始で会場の扉を開き、待っていると図書館に来られる方が、ちょこっと覗いて、数人入ってきた。受付は私一人なので、近づいていき声をかける。「キルギス、自然が素晴らしいでしょう!」写真を見ていた人からは「これはプロの写真家が撮ってんですか??」「いえ、3年前に活動していたJICAのボランティアが旅先、赴任先で撮ったものですよ」というと「素晴らしい!綺麗ですね」と感嘆の声をあげられる。「キルギス人は日本jンと顔貌が同じですね!」「はい!私も何度かキルギス人に間違われましたよ」といろいろな感想を行ってくれる。朝10時から夕方の6時まで、受付一人なので「トイレ」も行けずに頑張ったが、我慢できずに、来られた方にお願いして、図書館のトイレに駆け込んだ。1日、30人くらいの人が来られたかなという感じであるが、「キルギス」に対して好印象を持って帰ってもらえたと思う。あと二日、明日から1時間、自分の活動報告を行う。何人の方が聞いてくれるかな?

孫が見に来てくれました!
キルギス写真展1日目

スカイプで今後の支援を話し合う

ゴルフから帰ってきて、パソコンを立ち上げた。キルギスの視覚障害者の仲間のGさんからメールが入っていた。「今日、夜の9時からスカイプでお話したい」時計を見ると10時を回っていた。急遽、こちらからスカイプでGさんを呼び出した。しばらくしてGさんの元気な声。「今日はキヤルケチ基金の代表のTさんも一緒にスカイプで話をします!」「英語の通訳を頼むよ!」と言うことで3人によるスカイプ会議である。2ヶ月ぶりにTさんの声。まず、私は彼がやりたいと言って始めた「チェス指導」の状況を確認した。「毎週2回、15人の盲学校の生徒が指導を受けています。また10人ほどが週1回、ストレッチ、ゲームなどの運動教室に参加しています」との嬉しい報告がありました。私から「こちら(キヤル基金)から支援して欲しい活動はありませんか?」とお聞きすると「キルギスの地方の視覚障害者も含めた歌のコンテストをやりたい」「カザフスタンとの腕相撲大会をやりたい」という新たな要望が出てきた。これらの詳細をこれから詰めて、出来るだけ支援できたらと思っている。毎月、1回、このようにスカイプでキヤルケチ基金(キヤル基金のキルギス支部)のメンバーと話をすることも決めることができた。日本からのキルギスの視覚障害者支援がいよいよ始まる

ターライさん
ターライさん

キルギス支援の団体

帰国後、キルギス支援の団体を調査しているが、なかなか活発に活動している団体はないようである。在日キルギス人協会のAさんが日本には200人ほどのキルギス人がいるとのことであるが、その方々が団体に所属して連携を取られて情報交換をしている様子はない。日本に帰ってきて感じるのは「キルギスはどこにありますか?」と聞かれます。キルギスを知らない日本人が多い ことです。その原因はメディアでキルギスを取り上げることが少ないこと。イシククル湖という素晴らしい観光地があるのにほとんどの日本人が名前すら知らないのである。私は「キルギスを多くの日本人に知ってもらう」「キルギスー日本のの文化交流を進めたい」と思っている。それをどのように進めていくか、これから、いろいろな方の意見を聞きながら進めて行こうと思う。

心はキルギス!

目下、右目の治療中で、運動、アルコールを控える毎日であるが、「心はキルギス」これはキルギスとの友好に関わるものか?を問いながらの活動を続けている。まずは、青梅市の市長さんへの「帰国報告」を2月1日にセッティングした。JICAサイドでのセッティングがあるかと確認したら、ないとのことで「ならば、自ら!」と青梅市広報課を尋ねて申し入れた。「報道機関への告知もお願いします!」と言った御陰で早速、「読売新聞」記者と名乗る方から取材の申し出があり、1月29日に自宅に来ていただくようお願いした。そして、最後は「キルギス写真展・JICAシニア海外ボランティア活動紹介展」の場所と日取りの決定である。まずは地元からと、青梅市社会福祉協議会に挨拶に行った時に担当者が「開催場所なら青梅市中央図書館が集客の面でも良い。ほかの場所では人は少ない」との情報を得たので、この場所で日程調整を行った。結局3月29日から31日の3日間、多目的ホールを使っての開催を決め、会場使用料11200円を支払ってきた。次なる活動は日本とキルギスの文化交流をどう支援していくか、そのネットワーク調査をしていく、そのために明日、在日キルギス友好協会の代表と会う。、

キルギス写真展の日程が決まる

私の地元、青梅市で「キルギス写真展、JICAシニア海外ボランティア活動紹介展」をやろうと、場所、日程を決める作業をこの1週間、やってきた。本日、下記のように決定した。
開催日:3月29日~31日 10時~18時場所:青梅市中央図書館 多目的ホール(青梅線 河辺駅の前)
展示する内容としては、JICA青年海外協力隊が撮ったキルギスの写真,60枚ほどの展示と私の視覚障がい者指導の活動紹介、および講演である。昨年の3月に一時帰国した際の品川区で行った内容と同じである。両者を比較して異なっている点は①募金行為、販売行為はしてはいけない ②音楽演奏はしてはいけない③写真をパネルに貼るのに、ピンは使用できない。(マグネット、あるいはフックで上から吊るす)という制限がある。青梅市の中で、一番集客が見込める場所であるので上記制限は守りながら、キルギスの紹介、私の2年間のボランティア活動報告をしていきたい。2ヶ月先である。

多目的ホール
多目的ホール

日本とキルギスの架け橋。

帰国して12日が経ちました。「右目眼底出血」の診断で運動、飲酒の面では自粛していますが、やりたいことは山積しており、ひとつずつ片付けている。今後の日本での活動を「日本とキルギスの架け橋」になることとしたので具体的な行動をあげてみた。

①キルギスに関するイベントに参加、協力すること。
・キルギス国際マラソンの参加PR
(キルギスマラソンスペシャルアドバイザー就任)

②キルギスに関係して活動している団体との連携
③JICAのキルギス派遣メンバーのネットワーク作り
④関東近辺でのキルギス写真展、JICAシニア海外ボランティア活動展の開催
・青梅市、中央図書館での実施(3月1日~3日)
⑤青梅市内の小学校、中学校での講演
⑥メディアへの投稿
⑦体験談、講演活動
・東京神田ローラリークラブでの卓話 2月28日 「日本とキルギスの架け橋に!」
・・・・・・・・・・・・
①キヤル基金の活動
②キルギス眼科医療支援基金の活動
・・・・・・・・・・・
と言ったところである。「具体的に動いてみよう!」

アセリーさんとのお別れ

私がキルギスに赴任して1ヶ月、JICAの現地語学研修でキルギス語を教えてくれたアイヌーラさんから「日本語を教えて欲しいという女性がいますが、どうでしょうか?」と紹介されたのが彼女である。私にロシア語を教えてくれることをお願いで、お会いしたのが1年10ヶ月前である。英語が上手でとても快活。後に5歳の息子がいることが分りました。その後、日本語の勉強は最初に数ヶ月のみで、思い出したように連絡が来て、公園でもっぱら英語での世間話。時には子供同伴でお付き合いしてきた。そして夏にイシククル湖を1週間かけて歩くイベントにたまたま通りかかって、歩いている私に声をかけてくれた、それも2年連続である。彼女は旅行会社に努めていて、日本にくる夢もあると語ってくれた。とてもさっぱりしたキルギス女性との出逢いは、私をまた「キルギスに来たい!」と思わせるだろう。

今日はクリスマスイブ

あと1週間で今年も終わり、そして年が明けて10日目には日本へ帰ります。慌ただしい日が続きますが、油断しないで最後まで行きたいと思います。今週は26日より28日まで、協会の7つの「新年会」があります。2つのろう者グループ。一つの視覚障害者グループに運営の支援をしましたので、グルナスさんらを連れてできるだけ参加したいと思っています。そして最大の楽しみは28日にろう者の方が私にプレゼントしてくれるという「イシククル湖の絵」です。ろう者の方々の「展覧会」に行かなかったら、このプレゼントはなかったでしょう。そして「ろう者の方々」とのつながり。も

イブを祝う花火(アパートから)
花火クリスマス

日本センター主催、餅つき大会

昨年に引き続き、今年も「餅つき大会」に視覚障害者の方4人と一緒に参加した。昨年はセンターの前での餅つきがとても寒かったことを覚えているが、今年は周りに雪は多いものの寒くはない。大きな臼に杵を振り上げて「ペッタン!ペッタン!」とつく姿は年の暮れが近いことを感じ、キルギスの人たちにとっては、日本の伝統的な「餅つき」に興味を持っていただけたのではないかと思う。今年は昨年より餅の量が多かったように思うが、若い人が多かったのか餅が運ばれると、瞬く間になくなっていた。今回、初めて参加した3人の視覚障害者の方もしっかり食べて、満足していたようである。日本センターの皆様に感謝いたします。

餅つき開始
2012餅つき大会

グルナスさんもチャレンジ
2012餅つき大会1

荷物の送付

少しでも帰国時の荷物を減らそうと、「本」「洋服」をダンボールに詰めてビシュケクの中央郵便局に持参した。通訳をお願いするためにナジーラさんと一緒に行った。まずは本28冊である。「ディスクはないですか?」「ありません」と言うと中身を見ずに、重さを測り、「この紙にこちらの住所、こちらに宛先の住所」と指示された。書いたあとちょっと書き直しがあったが4650ソムを請求。約30分で終了した。次は「洋服」である。9種類に分別され、その個数、重さを調べていった。書く紙は2種類、5枚渡された。これに時間がかかった。結局、1時間ここで作業をした。費用は5320ソム。合わせて約1万ソム。結構かかった!でも良い経験となった。

送付荷物
荷物の送付
プロフィール

matsushin3825

Author:matsushin3825
まっちのブログへようこそ!
・ニックネーム:まっち
・本名:松田信治
・居住地:青梅市
・誕生日:1949年7月25日

自己紹介
・JICAシニア海外ボランティア 平成22年3次隊
 (職種:視覚障がい者指導)
・派遣期間;2011年1月12日~2013年1月11日
・任地:キルギス共和国、ビシケク市
・配属先:視覚聴覚障がい者協会(NGO)
・家族:妻と長女、長男
・血液:O型
・職業:東芝で定年までコンピュータ関係の仕事に従事,(社福)国際視覚障害者援護協会にて3年間勤務,元JICAシニアボランティア
・所属:アキレストラッククラブ、バンバンクラブの伴走サークルに所属
・NPO法人、シニアボランティア経験を活かす 会員
・NPO法人、ホールファミリーケア協会、第37期傾聴ボランティア養成講座(25時間)修了者
・趣味:伴走、手話、傾聴

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