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7台目の車いすは子供用車いす

昨日、「希望の車いす」での活動は14日目にあたる。前回から7台目の車いす整備を開始ししたが、これまで、全て大人用の車いすであり、単純な構造のものであったが、今回は「子供用車いす」で構造も複雑である。和泉師匠曰く「全部、削り出しで50万円はするかもしれない」というほど、構造は複雑で、いろいろな箇所にネジが止められていた。汚れは結構あり「ボルトで止めている金具は全て外し、清掃すること」と言われた。子供用車いすの構造を良く勉強せよとの「アドバイス」と捉えた。中古の車いすを新品の車いすに蘇らせる、この団体の精神を受け継ぎ、他の人に指導できるように頑張りやい。

複雑な機構
子供用車いす

母の葬儀

朝、勇也の運転で家族全員で葬儀の場所、桐ケ谷斎場に向かう。途中、カーナビの操作ミスで違う道を行きそうになったが、気づき 10時前に到着した。既に兄貴の子供たちも到着していて我々を待っていた。祭壇には多くの菊の花で飾られており、その前に母の棺が安置されていた。10時半に葬儀は始まり、寶祥寺の和尚さんの読経、ご焼香と続いた。棺に祭壇に飾られた花を参加者全員で入れて、棺は桐ケ谷斎場に運ばれた、1時間ほどの後、皆で母の遺骨を骨壺に入れ終了した。喪主である兄貴のお陰でとても素晴らしい葬儀であった。合掌。

母の葬儀

亡き母への誓い

明日、葬儀に青梅から車で桐ケ谷斎場に向かいます。母との最期の別れとなりますが、これまでの私を育て、見守ってくれた母に対して、私の自分の最期を迎える、後、数十年になるかと思いますが、母親のように、多くの方から信頼され、惜しまれる人間になるように頑張りたいと思います。家族を大切にし、困っている人に対しては、とことん尽くして支援していきたいと思います。是非、天国から見守ってください

12月の花2



杉並区立大宮中学校で講演

12月18日の大宮中学校でのペア授業の際に、O先生に「視覚障害者支援に関して50分の講演をしてほしい」と依頼され、準備をして、本日、講演を行った。準備は万端で、朝、6時38分の特快に乗り、方南町駅に着いたのが8時。学校に着いて体育館で持参したパソコンとプロジェクターを学校側のHDMIケーブルで接続し、スクリーンにPPTの画面が出ることを確認。開始5分前に生徒が体育館に入ってくるとき、私はパソコンを少し手前に移動しました。その時、ケーブルが引っ張られ「バチン」パソコンに挿入されたコネクターが壊れてしまった。「1度あることは2度ある」同じことを前にもあった。そこで講演はどうなったかというと、10分程は、口頭のみで行って、その後は別なパソコンを学校側で用意していただき、持っていたUSBで、その後の講演はPPTを使って行えた。>同じトラブルはもう繰り返さない

馬車道駅の改札口ホールに設置
馬車道液



「禍根」を残さないために

SV会で「冊子第5」の編集を進めているが、原稿は順調に集まり、「会員のひとこと」も全会員のひとことが貰えるなど、最後の追い込みの中で、編集を巡って、ある記事の扱いの扱いで問題が生じた。私は、それぞれの言い分はあるが、ここまで来て「禍根」を残さずに進めるために、双方の言い分をまとめ、編集会議の中で、解決策を提示して、調整役を行た。そして、議事録を作成して、今後のすべき対応も編集委員会に提示した。SV会では、理事を5年行い、残り1年で理事を降りるが、会の活性化のためにやった方が良いと思われたら、率先してやっていこうと思う。

12月花1


母親の想い出

母親との想い出で今でも思い出すのは、私が小学1年生の時に、たしか国語のテストで0点を取って母親に見せたら「今から正しい答えを書いて、学校に持って行きなさい」と叱られ、それを行ったことです。勉強に関しては「厳しい」母でした。2歳上の兄には「勉強しろ、勉強しろ」と言うのを聞いて、自分は言われたくないので自分から勉強(ほとんど教科書の丸暗記)したことを覚えています。しかし、中学校、高校に行く中で、母親に反抗して「口をきかない」時期があって、母親に対して「悪いことをした」と今は思っています。就職して大崎から青梅に移ってからは、いつも私のことをいつも心配してくれて、援助してくれたのは母でした。この10年で感謝することは、私がキルギスから帰国しキルギスの全盲歌手グルムさんの日本でのコンサート開催の資金を得るために、クラウドファンディングで3千円から10万円までの寄付を募った時に、唯一、10万円を出資して援助してくれたのは母でした。そんな母が94歳で亡くなりました。淋しい限りです。

1月の花

母、永眠。

1月17日、4時40分、母、永眠。兄から早朝、電話が入り、急遽、当日の支援のキャンセルの手続きを済ませ、7時には電車に乗り、大崎の実家に行った。遺体はまだ大森のO病院にあるのかと思い、実家に到着すると、そこには既に母のベットに、母が安置されていた。穏やかな顔であった。線香をあげ、合掌。9時過ぎには母が入っている互助会の担当が来られ、これからのスケジュールの打ち合わせがあり、兄と同席して聞いた。その結果、葬儀は、通夜も含めて1日で行うこと。親族のみの内輪の家族葬とすることで、斎場の空き具合の関係で1月24日となった。こまごま葬儀の段取りを兄貴が行ってくれた。その後、松田家のお寺のお坊さんが来てくれて、母の遺体の前で、「お経」を挙げていただいた。私の従弟の千葉のTさんたちが、母の訃報を聞いて、駆け付けてくれた。女房も青梅から駆けつけてくれて、いろいろ手伝ってくれた。そんな訳で、明日から日曜日まで、青梅での支援はスケジュール通り行うことになった。94歳も生きてくれた母に感謝したい

母の訃報
母の訃報


母の事

私の母は94歳です。現在、大森のA病院に入院しています。心臓に疾患があり、医者より手術を勧められましたが本人は拒否。2年ほど前にベットから落ちて、大腿部骨折し、歩けなくなりベット生活をしていましたが、心臓の発作で時々、救急車に運ばれています。私の兄夫婦が品川の実家で介護していますが、ここにきて容態が急変し、二日前にA病院に面会に行ってきました。コロナ禍で面会時間は15分。薄目を開けて、私が来たことは分かったようですが、言葉は出ませんでした。医者からは、いつ逝ってもおかしくない。覚悟するようにと言われ、兄貴からの電話を待つ日々が今後、続きます。持ち直して、退院できることを念じています

安楽寺の仁王像
安楽寺

土曜会見学会、迎賓館

SV会の土曜会として迎賓館見学で12名のSV会員が参加されました。オミクロン株が都内で4000人を越える中、4名程、辞退される方が出ましたが、無事、見学会を終えました。改めて「迎賓館」を作られた明治の方々の偉業に驚きました。空港並みの持ち物検査を通って、和風別館見学までの庭園見学、本館前の庭園は。広々として松の木が所々に点在し、噴水が噴き出す中、記念写真を撮るなど30分程、和風別館の見学はガイドの方の詳しい説明(流石、プロ)に聞きながら、行われました。所々にこの別館を訪れた外国の貴賓と元安倍首相とのツーショット写真は多く、彼の外交手腕は評価したいです。迎賓館での見学を終了後は、浅草に飛び、「駒形どぜう」に行きました。混んでいて、待たされましたが4人、3人、3人に分かれて会食しました。中身の濃かった見学会でした。

迎賓館見学

日本盲人福祉委員会より助成金

数日前に昨年の9月に応募した「日本盲人福祉委員会」への10万円の助成金。申請の内容は「キルギス盲人連盟の点字本作成の為のソフトとマイクロソフトオフィスの購入」結果は6万円。4万円を「キヤル基金」で補填して、要求額の10万円を彼らに送ることで、、まずはキルギス盲人連盟の代表のグルナスにメールを送った。ここの助成金申請は10万円が上限であり、毎回、査定されて、頂いている。とてもありがたい助成金である。

助成金1

白内障の手術の日程が決まる。

このところ、急激に白内障に伴う「危険な出来事」に遭遇している。道路端の交通標識のポールに自転車をぶつけ、ポールに左目の上を打撲したり、夜道の暗い中、自転車で運転していて、急に前に人が出てきて、ぶつかりそうになったりなど早く「白内障の手術」をと、昨日、立川中央病院の眼科に行き、手術のためのスケジュールを決めた。当初、白内障の進んでいる左目のみ手術を行い、時期が来たら右目もという説明であったが「左目は3月28日、右目は4月11日に手術」となった。現在、パソコン、本読みは、眼鏡を外しての対応だが、手術後は、もっと見えて、眼鏡を外したり、つけたりしない形になりたいと思う。2月2日に、内科の病院(高血圧対応)に渡す、診断書を貰いに病院に行くことになっている。手術前に大きな事故にあわないように注意したい。

雪の河辺下グラウンドにて



今年、最初の車いす整備

1月11日(火)10時から、江古田のNPO「希望の車いす」にて今年最初の車いす整備が行われた。10時の朝礼では8名ほどの方が参加し、会長のHさんの新年の挨拶に始まり、仕掛の車いすの整備を行いました。私は、昨年末に5台目の車いすのブレーキの調整に難航し、作業が残っていたが、そのブレーキ調整を完了させて、7台目の車いすの整備に着手しました。これまでの6台は大人用の車いすでしたが、今回の車いすは「子供用車いす」を整備することで、作業開始しました。まず、ザット見たところ「大変汚れている」「ブレーキコードの交換が必要」というのが気づいた点です。今回から、年末に購入した工具一式を手元に置き、足りない工具のみ、会の工具を使わせてもらった。今回の整備作業でも、いろいろなことを師匠のIさんから教えてもらった。写真も10枚ほど撮った。今年も2~3回整備で1台の車いすを整備完了できるように頑張りたい。

7台目は子供用車いす
7台目車いす

助成金(日本盲人福祉委員会)結果届く!

自宅のポストに「キヤル基金」宛に大きな封筒が届いていました。中を開けると、下記、写真にある毎年、9月に申請をした、日本盲人福祉会からの助成金の結果でした。申請したのは10万円でしたが、6万円が受け取れる金額でした。申請した内容は「キルギス盲人連盟の点字本作成のためのソフトとマイクロソフトオフィスの購入」でした。申請金額の満額を貰えることは少なく、今回は6割頂けた。この金額に4万円を個人的に負担して約10万円を近日中にキルギス盲人連盟のグルナスさんに振り込む。助成金額は少ないが、毎年、頂けるのは有難い

助成金1

アキレス練習会に参加

雪の影響が心配される代々木公園に、東青梅のHさんと行きました。昨日のバンバン練習会は、雪のため中止になりましたが、アキレスは実施するとのことで、行った次第です。原宿駅には20人ほどが集まっており、皆、オミクロン株の拡大の話題で持ち切り。代々木公園に到着すると既にブルーシートが引かれていました。新年初めての練習会ということで、会長挨拶のあと、「走路は3か所ほど雪が残っていているので、注意して走ってください」とのアナウンスのあとマッチングが発表されました。私はシミちゃんという弱視の方の伴走を行いました。キロ6分半ほどで4周、歩きで1周走ったところで終了。その後、一人で1周したのですが、キロ5分半ほどで走れました。少しは走力が戻ったのかな?>気持ち良い汗をかきました。今後のオミクロン株の拡大で練習会が中止にならないか心配です。

アキレス初練習

多摩ケーブルネットワークにコンタクト

盲老人ホーム聖明園の仁平さんの「幸せを呼ぶ銀の蜘蛛」プロジェクトの第2弾、「ケーブルテレビでのPR」を開始した。1月5日、カインズの帰りに、青梅街道沿いの「多摩ケーブルネットワーク}に寄って、元旦に発行された西多摩新聞の仁平さんの「オニグモ」の記事のコピーを持って行き「取材してもらえないか」とお尋ねをした。対応された制作部次長のYさんから「検討した結果を2~3日中に連絡します」と言っていただけた。7日、支援で曙荘に行くので、結果を聞こうと電話をしたところ「取材します」との返事。この結果を聖明園の相談員に連絡した。そして、曙荘の相談員から「園としても協力します」との返事があり、このことを、当事者の仁平さんにも伝えてもらい、了解を得た。いつ取材が行われるかは、私のスケジュールと仁平さんの都合で、1月中に決まる。

オニグモを作る仁平さん
Nさん


東京に雪が!

オミクロン株のウィルスが東京都で300人を越える中、今日は木曜会があるので、JICA東京に11時ごろ電車で向かった。雪がちらつき始め、今年初めての雪となった。幡谷駅に着くと、雪は大降りになった。1時からの木曜会では、私は3つの議題の説明を行ったが、会場参加者は8名程。Zoom参加者は25名程。議事が終わって「会員のひろば」でMさんが中南米の紹介を行ってくれた。会報用の記事を書く方がいなかったので、私が書くことで引き受けた。木曜会の後は、サイゼリアでの懇親会がお決まりだが、本日は雪が5cmほど積もり、電車がストップすることを心配して、皆、何もせずに帰ることとなった。

東京に雪が

嬉しい報告!

本日、盲老人ホームのFさんから電話がありました。「松田さん!ホームで西多摩新聞に載った仁平さんの記事を、園内の放送で
読み上げてくれて、本人も大変喜んでいますよ」とのこと。園の理事長さんが、入居者全員に、仁平さんの頑張りをお伝えしてくれたことは、とても粋な計らいをしてくれたと、私も本当に嬉しくなりました。次なる、私の行動としては、「多摩ケーブルネットワーク」にこの記事を持っていき、取材してもらえないか?交渉すること。もし興味を持っていただき、取材のチャンスがあれば、園に許可を取り、私も一緒に出演して、仁平さんが、実際に「幸せを呼ぶ銀の蜘蛛」を折る姿を撮影してもらい、10分でも多摩地区に放映していただけたらと思っている。

新聞社に売り込み

筑波山に登りました。

「イヤー、厳しい山登りでした!」頂上にようやく到達した時の感想です。毎年、高尾山に新年に登る行事がこの2年間行われませんでしたが、今年は留学生がいる、つくばでの山行、「筑波山」」に行くことで、朝6時55分に家を出て9時15分にはつくば駅に到着。全員で8名でバスで筑波山の中腹まで行きました。筑波山は800mほどの山で、私は頂上までなだらかな登りだと思っていましたが、登り始めから急激なのぼり、岩山の中を行く感じで、とても視覚障害者と登る山ではありませんでした。しかし、4人の視覚障害者の学生は頑張って、2時半には山頂に立つことが出来ました。私は右足の脛を岩で強打しましたが、何とか行きつけました。帰りはロープウェイを使っての下山でした。天気も良く、留学生さんともいりろ話し合うことが出来ました。

サマットさんとアクモールさん
筑波さん二人


幸せ呼ぶ「銀の蜘蛛」西多摩新聞に掲載

1月1日、PM3時ごろ自宅のポストに西多摩新聞が3部投函されていた。開くと、仁平さんと私の並んだ写真が目に留まった。大見出しは「幸せ呼ぶ「銀の蜘蛛」中見出しは「65歳から視力を失った仁平さんが手作り」記事の内容を「青梅市根ヶ布の盲老人ホーム聖明園に入所する全盲の仁平章男さん(75)がお菓子の銀紙などを使って作る「オニグモ」のリアルな出来栄えがボタンティアスタッフらの1で評判となり、「幸せの銀の蜘蛛」と呼ばれている。 実際の記事は、B4サイズに収まるほど多くのスペースを取ってくれた。新年早々「相手の喜ぶ顔」が見れる嬉しい出来事でした。

西多摩新聞、記事
西多摩新聞新年号

走り初め、同行支援初め

2022年、新年を迎えました。今年の年賀状は下記です。昨夜の大晦日では、紅白歌合戦の最後まで見ずに11時に寝てしまいました。今日は、アキさんと永山グラウンドで伴走を10時より行いました。快晴の中、冷たい風が吹き、4,5,6周を終えました。家に帰ると「年賀状」が届いており、出していなくて来た2人に対して賀状を出しました。そして15時から成木のFさんの支援に向かいました。新年から同行支援の仕事が入るのは初めてですが、支援が必要な方には、新年のお休みは無いでしょう

今年の年賀状
寅年年賀
プロフィール

matsushin3825

Author:matsushin3825
まっちのブログへようこそ!
・ニックネーム:まっち
・本名:松田信治
・居住地:青梅市
・誕生日:1949年7月25日

自己紹介
・JICAシニア海外ボランティア 平成22年3次隊
 (職種:視覚障がい者指導)
・派遣期間;2011年1月12日~2013年1月11日
・任地:キルギス共和国、ビシケク市
・配属先:視覚聴覚障がい者協会(NGO)
・家族:妻と長女、長男
・血液:O型
・職業:東芝で定年までコンピュータ関係の仕事に従事,(社福)国際視覚障害者援護協会にて3年間勤務,元JICAシニアボランティア
・所属:アキレストラッククラブ、バンバンクラブの伴走サークルに所属
・NPO法人、シニアボランティア経験を活かす 会員
・NPO法人、ホールファミリーケア協会、第37期傾聴ボランティア養成講座(25時間)修了者
・趣味:伴走、手話、傾聴

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